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若山牧水をめぐる旅Ⅱ その3(エッセイ「牧水の朗読」)

宮崎旅行のレポはほとんど終わった感じなのに、なぜ「その3」が?と疑問に思われた方もいらっしゃると思います。実は、牧研講演会の伊藤一彦先生の資料の中に、堺さんが以前、現代短歌・南の会の会誌『梁』69号(2005年3月1日発行、編集人は伊藤先生)にお書きになったエッセイ「牧水の朗読」が挟み込まれていたのです。


伊藤先生が講演の中で触れられたのは、このエッセイの冒頭部分。米国の同時爆破テロから1年が経過した2002年に、伊藤先生の『あくがれゆく牧水』(鉱脈社、2001年)を片手に、牧水の著作を集め、コピーを取り、切り貼りをして約40分の上演作品を創り上げた堺さん。
それが初めて披露されたのは、銀座のビルの一室で開かれたパフォーマーたちによる世界平和のイベントでした。堺雅人はなぜ世界平和のイベントで牧水を朗読したのか? その行為に込められた思いが伝わる最後の一文…感動を覚えずにはいられません。
(以下、堺雅人「牧水の朗読」『梁』69号より一部抜粋)

若山牧水の命日にあたる九月十七日、彼の生地である宮崎県東郷町では毎年牧水祭がおこなわれる。
今年ぼくはゲストとして牧水作品を朗読した。
牧水の文章をつなぎあわせた四十分ほどの公演だ。二年前に作ったもので、今回で三度目の披露ということになる。

二年前の二〇〇二年は、米国の同時爆破テロから一年という年だった。
銀座のビルの一室で、パフォーマーたちによる世界平和のイベントがあって、僕はそこで初めて牧水を朗読した。
その年の夏は、まとまった仕事が終わったばかりで、次の仕事の予定もないまま、ぼんやりすごしていたような気がする。
何かやらないかとお話をいただいて、僕はふと、夏休みの自由研究のように、誰かひとりを時間をかけてゆっくり調べてみたいなと思ったのだ。
誰かについて(たいていは自分が演じる役のことだが)あれこれ思いをめぐらせるのは俳優の基本的な仕事だし、自分が芝居をはじめたころを思いだしながら、明治の文人を題材に、青臭い、ちょっと書生っぽいことをやってみるのもいいかもしれない、と。
それで僕は若山牧水の著作をあつめて片っ端からコピーをとり、早稲田の町をぶらぶら散歩し、伊藤一彦さんの著書『あくがれゆく牧水』を読みながら、牧水の短歌や詩や手紙を「切ったり貼ったり」して、四十分くらいの演(だ)しものをこしらえた。
できあがってみると、朗読なんだか一人芝居なんだかよくわからないものになった。
世界平和のアピールになったかどうかは全く自信がないが、誰かひとりを思うということは、戦争からいちばん縁遠い行為かもしれないとは思っている。

| その他 | 00時34分 | comments:11 | trackbacks:0 | TOP↑

平和、教育、環境、様々に問題は山積しています。目の前のたったひとりを思うことは、遠回りのようで、本当は確実な近道なんですよね。

年度末の多忙な中、震災の大混乱をかい潜って、宮崎までいらした遠征組の皆様は、まさに「ひとりのために」です。

えんみちさんが撮影された、とっても嬉しそうに御講演されている伊藤先生の写真を見て、つくづく思いました。

そして俳優・堺雅人という一つの芸術を生み出した宮崎の人、自然にあらためて感謝したいと思う2011年の春です。

遠征組の皆様、本当にありがとうございました。

| 青海 | 2011/03/31 09:50 | URL | ≫ EDIT

「山南さん」でブレイクする少し前、セルフプロデュースされた貴重な演目ですね。
この第3回目の(多分)録音物はわたしにとっても宝物です。

| mst | 2011/04/01 13:14 | URL | ≫ EDIT

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| | 2011/04/01 19:53 | | ≫ EDIT

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| | 2011/04/01 19:59 | | ≫ EDIT

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| | 2011/04/04 08:45 | | ≫ EDIT

御礼

雅人の朗読はたまたま東京に出張していて会場の隅っこで聞いていました。ビルの一室(会議室?)風で舞台の袖が無く窓から出演者が出入りしていました。一番後ろで隠れるように見ていたので朗読はほとんど聞えませんでしたが久しぶりの息子を観て複雑な思い(あれで喰えるのかな?)の心境でした。

| 堺 啓太郎 | 2011/04/05 00:17 | URL | ≫ EDIT

伊藤先生と堺さんの対談集を拝見して以来、
若山牧水という歌人に興味が湧いたので、
一度は拝聴したいと思っているのですが、
如何せん、宮崎は遠い、遠過ぎる・・・。
とは言え、えんみち様に比べれば、
我が在住地は、宮崎から全然近いのですけども。

エッセイの最後の一文。
戦争と言うと、国民のひとりひとりが、
「お国」の為に死ぬ事が美徳とされていた気がしますが、
実際、出兵した方の中には、国を守りたいというよりは、
ただ単に、大事な人を「守り生かす」為に、
自身の「死」を覚悟して出兵された方も、
いらっしゃったのではないか、と思います。
そんな兵士を送り出す方達は、
お国の為に見事玉砕して欲しい等とは、
つゆほども思っていなかったと思いますが・・・。
互いの国の兵士が、互いの国の家族が、
そういった思いでいたのだとしたら、
戦争ほど矛盾した、酷い行いはないと思います。

今、被災地では、東電職員をはじめ、あらゆる職種の方が、
危険と隣り合わせで、それぞれの職務に当たっています。
あくまで個人的解釈ですが、
その職種に対する責任感だけでは、
乗り切れない程、過酷な現状だと思います。
職務遂行の為、日夜努力されている方の根底に、
少なからず、同じような「大事な人を守りたい」という気持ちがあるような気がしています。

戦争と天災(人災の部分もありますが)
過大解釈し過ぎと我ながら呆れますが、
一文を読んで、どこか通ずるものがある印象を受けました。

| ako | 2011/04/05 01:12 | URL | ≫ EDIT

>青海さま
牧水が啄木を看取ったときのことを語る伊藤先生が思わず言葉に詰まって涙ぐむ様子が昨日のことのように思い出されます。本当に貴重な瞬間のたくさん詰まった旅でした。今度はぜひ東京へお越しくださいσ(゚ー^*)
>mstさま
私などは、詩「死か芸術か」、歌集『獨り歌へる』より「序文」、石井貞子宛ての書簡など、エッセイに書かれた作品名から想像するしかないのですが、当時の録音物が残っているのですね~。すごい!! 「ボレロ」の曲が途中から入るというのが、面白いなと思いました。
>hさま
堺さんのTwitterについては、堺さんの演じた役のセリフやインタビューの言葉などをつぶやくbot、半bot(堺さん風の返信もする)のほかに、ごくたま~につぶやく堺さんのお名前のアカウント(真相は定かでない)があることくらいしか把握しておりません。私もまだTwitter初心者なので、もっと詳しい方がいらっしゃると思います。お役に立てずすみません f(^^;)
>Hさま
いつもありがとうございます。しみじみと共感・・・ですよね。
>堺啓太郎さま
会場は「舞台の袖が無く窓から出演者が出入り」するような、リアルに「ビルの一室」だったのですね(笑)。「あれで喰えるのかな?」という言葉から、当時の息子さんを心配する率直な気持ちが伝わってまいりました。貴重なコメントをありがとうございました。
>akoさま
「誰かひとりを思うということは、戦争からいちばん縁遠い行為かもしれないとは思っている」という一文に、この度の大震災の被災者への思いと何か通じるものを感じた方は多かったのではないでしょうか。素敵なコメントをありがとうございました。

| えんみち | 2011/04/06 02:11 | URL | ≫ EDIT

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| | 2011/04/06 22:39 | | ≫ EDIT

>Yさま 
ご指摘いただきましたとおり、「詩か芸術か」は変換ミスです。修正いたしました。ありがとうございましたm(_ _;)m.

| えんみち | 2011/04/07 02:05 | URL | ≫ EDIT

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| | 2011/04/20 22:50 | | ≫ EDIT















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