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京都旅行第1日目

いよいよ新選組ゆかりの地をめぐる京都旅行がスタート。とは言っても、私もジャッキーも綿密な下調べは苦手なタイプなので、結構行き当たりばったりなのはご愛嬌ということで…。京都にお昼過ぎに到着した私たち一行は、まず京都駅の駅ビル内にある「京豆富不二乃」で昼食。蕗味噌入りの豆腐や枝豆入りのあんかけ豆腐、麩の田楽などが美味でした。
おなかを満たした後、最初に向かったのは、かつて有名な花街だった島原にある角屋(すみや)。新選組の隊士たちが出入りしていた揚屋(あげや=置屋から太夫や芸妓を呼んで、歌舞音曲の遊宴を楽しむ料亭・料理屋)です。運良く2階の特別公開の座敷(予約制)を見学できることに。各座敷にこらされた意匠のなんと素晴らしいこと。壁や建具などいたるところに螺鈿(らでん)細工が施された豪華な「青貝の間」には、新選組隊士が切りつけた刀傷(3箇所)が残されていました。蝋燭の油煙で真っ黒に煤けた室内で、当時の饗宴の様子を想像していると、幕末にタイムスリップしたような不思議な感覚にとらわれました。

角屋

揚屋建築の角屋。


続いて1階を見学。ガラスケースに展示されていた資料によると、新選組はあるとき積もり積もったツケをすべて支払い、以後はその都度現金で支払うというルールに変えたそうな。そんなことになっているとは露知らず訪れたヒラの隊士が、いつものようにツケで飲もうとして断られ、「そんなの聞いておらん!」と暴れてつけたのがこの刀傷だとか。角屋だけでいったい何箇所あるんだ、新選組がつけた刀傷(汗)。

刀傷

新選組のヒラ隊士が暴れてつけたという刀傷。

さて、大河ドラマをご覧になった方ならよーくご存じの芹沢鴨暗殺計画。芹沢に酒を大量に飲ませてへべれけにさせ、八木家に戻ったところを襲うという作戦だったわけですが、あの宴会が催されたのが角屋の1階にある大座敷「松の間」だったらしく、この座敷に面した主庭が「芹沢が最後に見た景色だったかもしれない」との説明がありました。庭といえば、芹沢と近藤が松平容保公より授かった「新選組」という新しい隊名について話すシーンを思い出しますが、あの場面には主庭よりもむしろ、座敷から少し離れたところにある中庭のほうがイメージにぴったり。ジャッキーと「鬼になれ!」ごっこをやろうかと思ったくらいです(笑)。

主庭

「松の間」から臥龍松や茶席のある主庭をのぞむ。

中庭

近藤と芹沢が話したのはこっちだろうと勝手に想像。

角屋の次に向かったのは、新選組壬生屯所のあった八木家。つまり、芹沢鴨&暗殺チームと同じコースです、ハイ(笑)。八木家では、新選組に関する説明を聞きながら、各部屋の様子や(ドラマで沖田総司がつけた)鴨居に残る刀傷などを見学。説明の最中、ガイドの方の手元の資料にふと目がいってしまった私。近藤勇以下、八木家に滞在していた13名の隊士の名前が書いてあったのですが、それぞれの名前の隣に役者名が書き添えられているのを発見。「堺雅人」もちゃんと書いてあるある(嬉)。でもよーく見てみると、新見錦は「相島一」だし、野口健一にいたっては何にも書いてないし(オイ)。

八木家

八木家の長屋門。

旧前川邸

旧前川邸の外観。

この八木家の近隣には、旧前川邸、近藤勇の銅像や隊士の墓などがある壬生寺、山南敬助の墓のある光縁寺などが集まっているので、しばらく辺りを歩いて散策しました。旧前川邸は土日祭日のみの公開のため外から眺めるだけでしたが、光縁寺では境内に入り、山南敬助や明里、その他の隊士たちの墓にお線香をあげてきました。ようやく念願の墓参りをすることができて感無量です(涙)。ところで、歴史を感じさせる新選組隊士たちのお墓の向かいに並ぶのは、新しく作られた一般の方々のお墓(おそらく)。山南敬助のお墓が向かいにある状況って、うらやましいというか、畏れ多いというか、なんかすごくないですか?

| 新選組! | 02時54分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑















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